自分がとんでもないことをしてから
どの女を見ても
たぶん私の「中身」はこの人の「中身」未満なんだろうと感じる。
挫折感というか、
知りたくなかった現実を目の前にいつもいつも置かれてるみたい。
いいことなのかもしれない。
ある意味ショック療法的な。
今まではつまり、
外見はまぁ悪くないでしょう、
中身はこれがあたしの生き方なのよ文句ある!?
ていう部分が往々にしてあって、
それだって今までの人生で散々自分を抑圧してきた結果(つまり学んだ結果)で間違いではなかったはずなんだけど、
つまり転換期ってことなのかもしれないね。
正解がいつどこでも不変なわけがないもの。
少なくとも、「善意の他人」(他人というのは、私は「私」以外の人みんなに使います)という概念が、
そういえば今までなかった気がする。
「愛」というものが、やっとわかってきた気がする。
いつも思うけれど、
人にいくら言われても、
(それこそ子供の頃散々聞かされた「勉強できるのは今のうち」とか)
自分で実感しないと結局わからない。
私は経験主義者(自分のちっぽけな経験に基づいた頑固者とも言える、これだって学んだもの)だから特に、かもしれない。
あの人にも「人に言われたこと素直に聞いてないでしょ(笑)」と言われたけど(笑)
ちゃんと聞いてるし、全然否定してないんだけど、
身に付かないだけなのよ。
それがわかってくれてるのか、親友は怒らないでいてくれるけど。
今まで何度も死んでしまいたいと思いながら、ここまで生きてきたのだけれど、
たぶんまだ、生きて学ばないといけないんだと思う。
生き恥晒してると感じても、
自分が害獣に感じられても、
たぶんここで死んだらまた来世で同じ目ね(笑)
今世では愛を学んでから死ぬわ。
それが今の生きる意味。
生きていく理由。